山岸謙太郎×松本陽一(3)

※2019年11月25日、某所にて

山岸謙太郎×松本陽一(3)

悲しき職業病

山岸
でも洋画は、自分の見方が複雑になりにくいですね。邦画だと、自分が商業映画の助監督として入ったこともあって、大きい予算の映画の裏側も何となく知っちゃってるというのもあるので、やっぱり裏側を考えて頭がそっちへ行ってしまうこともあるし。
松本
例えばそれは何ですか?カメラワークとか?
山岸
ん~、カメラワーク、ロケ地、編集。多分一番気になるのは編集ですかね。あと、パッとカメラマンを思い浮かべてしまう。カメラが動いた時にカメラマンの意識みたいなものを受け取ってしまう時があるんです。
松本
ステディカム(移動によるブレや振動を抑える機材・それを装着したカメラ)だなとか。
山岸
って言うのもありますし。
松本
丁寧にバックしてるなとか。
山岸
カメラマンってお客さんの目線なんで、自然に動かなきゃいけない、みたいなとこがあるんです。ただ、役者さんもそうですけど、台本があるからカメラマンもこの後どうなるかを知っている。でもこの後どうなるかを知ってるからといって、カメラがお客さんに先行してお客様が気付く前に動いてしまうことは、僕はNGだと思っているんですけど、「今、カメラマンさん先に行っちゃったな」とか、逆に「カメラマンさん、今ミスったな」とかがちょっと見える。

松本
さすがに僕は、そこまでの見方は映画ではないですかね。
山岸
それは多分現場の見方なんですよ。ステディカムで撮影しながらどこかを通り抜ける時に「ヤギシタさん(プロジェクトヤマケンのカメラマン)ぶつからないかな~?大丈夫かな~?」って思いながら、よーいハイ!って撮ってると「ああ、やっぱぶつかった」とか「良かったぶつからなかった」ってのがどっかにあるじゃないですか。多分それが映画を見ていても出てきちゃう(笑)。
松本
出来上がりを見ても思ってしまうんだ(笑)。それはすごい職業病だな。でもみんな、大なり小なり、照明さんはやっぱりこのあたりどうかとか思いながら見たりしてるでしょうし。
山岸
ハリウッド作品まで行っちゃうと、予算なり全ての規模が自分の範疇を超えてくるので、なんとなく見放して見れるんですけど……。
松本
僕はやっぱり、脚本が一番思うかな。開始何分で、これだけ引き付けている。テンポもいいし、とか。ダメな映画は10分くらいでわかる(笑)。
山岸
あ~、はいはい。
松本
大体主人公に原因があったりするんですけど……、っていう僕の脚本の蓄積に照らし合わせちゃっている自分がいますね。何があった時、何分でどうしたみたいな、タイムを結構気にするんですよ。
山岸
それはやっちゃいますね、やっぱり。家で見ている時は絶対やっちゃいますね。ピッと止めて「あ、ちょうど真ん中ね」って。
松本
最近DVDだと上にバーを出して。
山岸
出しちゃいますよね、ダメだなと思いながらもやっちゃいますよね。
松本
例えば『ジョーカー』で言うと、最初に電車の中で人を殺すじゃないですか、あそこが最高にお上手だとと思ってて。
山岸
あそこはメチャクチャいいですよ。
松本
つまり、正義礼賛の映画ではないのでダークと感情移入のコントロールが半端ないな、と。あの時「いいぞ、やれ!」「やった~!」って思った自分が怖いじゃないですか。
山岸
ええ。よくこんな計算して脚本を書けるな、って。演出もすごくて、使う音楽もドンピシャなんですよ。ニューヨークの地下鉄……まあ一応ゴッサムシティーの設定ですけど、あんなに蛍光灯点滅する?みたいな感じの、見てる人間をイラつかせて、ストレス度数をあげるっていう演出がすごい。さらに、あの商社マンの台詞が……
松本
絶妙にただのチンピラじゃない感じだからね。
山岸
そうなんすよ。
松本
ん~、最近なんかね、バランスだなぁとは思うんですよね。いろんなバランスがいい奴は、やっぱり面白いというか……ちょっと『ジョーカー』の話になってるけど(笑)。
山岸
ふふっ、なってる(笑)。

カメラマンも役者のひとり

松本
以前、カメラマンも役者のひとりだ、みたいなことを言ってたじゃないですか。
山岸
はい。
松本
カメラマンって絵を作る人だと思っていたから「あ、そうなんだ?」って僕は驚いたんです。その辺の話をちょっと聞いてみたいんですね。その時監督は「カメラマンは役者で、絵を作るのは照明」って言ってたんです。
山岸
そうですね。若干の語弊はあるんですけど……やっぱりカメラマンだって絵を作る仕事ですし、後で色の調整をしてもらうって意味でも絵を作ってはいるんです。でもやっぱり、僕の中ではカメラマンは、絵を作るよりも切り取る仕事なんですよね。
松本
なるほど。
山岸
ここにある映像をどうトリミングしていくか、何を見せて何を見せないかの選択をしていく、っていうのがカメラの仕事なんです。僕が役者って言ったのは、台本をちゃんと理解してお客さんの目線がどうなることが一番自然なのかを考えるところ。役者さんもそうだと思うんですけど、決めた段取り通り動けばいいっていうもんではないと僕は思ってて、やっぱり入り込んで無意識にカメラが動いて欲しい。カメラマンさんも、ここでこの台詞だからあっち向かなきゃじゃなくて、あっちで誰かが喋り始めたからあっちに行く、とか。お客さんの心理と同化して、思ったように動いてもらうのがカメラワークとして一番正しいかなって僕は思います。もちろん、いろいろ演出的な問題で、段取り的に動いてもらわないといけないことも当然ありますよね。それも役者さんと一緒で、気持ちのままやって欲しいところと段取りを守って欲しいところとあるので、全てにおいて、やっぱり役者さんと同じようにお芝居を理解した上で動いていかなきゃいけない。だから僕はカメラマンっていうのは役者さんだと思ってますね。

絵に色を塗る照明さん

松本
じゃあ、照明さんっていうのは?
山岸
照明さんは、まさに絵を作る仕事で、あの……絵に色を塗る仕事っていうイメージが僕の中にはあって。照明の当て方で同じ場所が全く別の場所に見えてくるんです。Dプロジェクトで一番分かりやすいのは、小沢総理とUDAの対談のシーン。あそこは全部に当たり前の照明を当てたら、ただの倉庫なんですよ。
松本
あそこは一番暗いシーンで、スポットライト2本みたいな照明ですよね。
山岸
そうです。ただの倉庫でも照明を落として、人物と椅子だけにスポットライトを当てることによって、何か特別な空間に急に変わっていく。しかも、そこだけスポットライトだったら絵として成立してなくて、ちょっと柱のディティールを感じさせたりとか、天井に少し当てて天井の高さはこれくらいなんだとかを伝えたりする。そうすることによって、ただの倉庫がかなり異質な空間になる……そういう意味で、僕は絵を作ってるのはカメラよりも照明の力が強いと考えてますね。
松本
その上で何をチョイスして切り取るかがカメラの仕事。
山岸
トウドウの部屋もたぶん同じなんですよ。あの部屋全部をバッと明るくしてしまったら、あのやさぐれた感じっていうのはちょっと出にくいかな、って。
松本
最初の、ライブの話をするシーンですか?
山岸
そうです。やさぐれた感じも出ないし、雰囲気みたいなものも、2人があそこで話し合っている良い雰囲気みたいなのとかもたぶん無くなってしまうんですよね。照明の当て方で部屋の印象が全然変わってくる。他に分かりやすいのは、警察の部屋ですかね。
松本
警察の部屋?
山岸
えっと、公安部の……。
松本
ああ、大人数で会議してるところ?
山岸
そうです!会議室って本当だったらもっと明るくて。
松本
まあ、こういうことですよね(今居る部屋の照明を示しながら)
山岸
プロジェクターで資料を映しているにしろ、今のプロジェクターだったら実は明るくたって見える。あれは、プロジェクターがあるから暗くしてるんです、っていう演出なんですよ。むしろ、暗くしたいからプロジェクター使ってる。そうじゃなかったらUDAの写真を貼ってもよかった。やり方はいくらでもあるんです。でもあそこを暗くすることによって何か公安部の……極秘会議というか、まだ外に出せない話をしている感じとか、UDAの謎感、おぞましさみたいなのを出している。公安部の事務机の部屋ってあったじゃないですか。
松本
はいはい。
山岸
本来は、会議室もあそこと同じくらいの明るさのはず。
松本
そう、だから僕、テロが発生した後とかの公安部の部屋……ロケ地は木更津市役所なんですが、あそこがやけに明るいんだなって思った。でも、公安部だって普通に警察だもんね。
山岸
そうですね(笑)。
松本
なんかやっぱり、普通のオフィス感っていうのに物凄い違和感はあったんですけど、なるほどって思って。
山岸
あそこもちょっと広い場所だったんで照明部が照明を思い通りには作り込める場所ではないんですよね。元々そのロケーションについている照明を利用しつつ、それでも明るくなりすぎないように間引いてるんです。ところどころ蛍光灯を抜いてちょっと暗くしたり、余分な光が入ってこないようにブラックアルミで蛍光灯を覆って光が広がりすぎないようしにしたり。
松本
そうなんですよね。映画の照明っていつ見ても大変だなあって思って見るんですよ。
山岸
おそらく映画作ってる人間って、絵を作る、印象を変える照明があるから映画なんだ、みたいなに思っているところがあるんです。今僕がテーブルと椅子に座って話しているだけでも、照明の当て方によって僕が誠実に見えるか、怪しい奴に見えるかっていうことが全然変わってきちゃいますからね。

(つづく)