山岸謙太郎×松本陽一(13)

※2019年11月25日、某所にて

山岸謙太郎×松本陽一(13)

見えない終着点に向かって

松本
ストーリー作りみたいなところで、例えばシドフィールド(ハリウッドの脚本家・シナリオ講師 1935-2013年)でしたっけ?彼が提示したような脚本のロジックがあるじゃないですか。
山岸
はいはい。
松本
僕たちの共通の、これはこうした方が熱いよね、みたいなものは、シナリオの本に書かれてる部分と合致する部分もあるわけじゃないですか。それは概ね意識なんですけど。僕が最近脚本家として思うのは、いろんなノウハウを手に入れたから、そこに溺れてつまんなくなる人も多いはずなんですよね。
山岸
そうですね。多いです。
松本
このあいだ見た日本映画でも、最後にカーチェイスを無理矢理入れようとしてて、しょぼっ!って思ったシーンがあって。
山岸
ああ~!(笑)
松本
作品のカラーや、監督の味わいと全く合ってないものを最後にねじ込んでいて、脚本家かプロデューサーが、明らかに「入れろ」って言ったなっていう。盛り上げる為だけのシーンを入れてるのを見て、変なの、って思ったんです。普段から物語を作ってると、そこに立ち返ったり、観客として今ダルくなる時間だなとか、非常に考えるんですよね。だからこそ……僕は書いてるから思うんでしょうけど……ラストが見えない状態で作るっていうことが、結構尊いんだなって思い始めたんですよ。
山岸
うんうん。
松本
むしろ決めないでおこうっていう風に最近なってるというか。
山岸
あ~~~。
松本
それは自分が予想を……映画で言うとプロットとか箱書き(シーン(箱)を並べて書いていく、紙に書いた長方形の枠の中に場面ごとの要点を書き込む、などの手法)とかを組んだ段階で固まるじゃないですか。
山岸
はい。
松本
それが、固まらなかった時に見えるのが無意識なのかもしれないし、全然もっと突飛なアイデアなのかもしれない。そういうものが生まれる余地を、産みの苦しみをいつも持つというか。必ず持つ方法論ってこうじゃないかなって思ったんです。
山岸
そうだと思います。少なくとも僕や松本さんは、そうじゃないといけないと思うんですね。
松本
なるほど。
山岸
要するに、シドフィールドの脚本の本を始めとする脚本入門みたいな本を読むと「まずオチを考えてからストーリーを組み立てましょう」とか「箱書きする」とか色々書かれてると思うんですね。それは多分、本当に初めて脚本を書く人だったり、脚本を書いた経験がない人たちには、まず完成させることが大事なので、そのやり方で経験を積んでいく必要がある。だけど、多分もう僕たちはこういう作り方は経たから、それこそ物語を簡単に作れちゃうんですよ。「こういう話を作って」って言われて、面白い面白くないを除けば、ある程度それっぽいものは作れる自信ってあるじゃないですか。
松本
確かに、そういう職業技はもう身につけてますよね。
山岸
ですよね。だからこそ、自分たちもそれは面白くなくなるし、産みの苦しみもなくなってくると、やっぱ作品としての魅力って、なんか無くなってきてしまうのかなって。黒澤明さんなんか完全に、箱書きを全否定じゃないですか。
松本
そうなんですか。
山岸
そんな神様みたいな視点の主人公いるのか、みたいな。そうじゃなくて黒澤明さんは、頭からただただ文字で書いていくっていう書き方をする人なんですよね。だから「神様が俯瞰で見ているような物語なんてないんだよ」っていうのはすごくその通りだし、むしろ自分が作り上げた主人公に対して、絶対クリアできないであろう無理難題をぶつけて、一緒に悩んでそれを突破しないといけない。っていうところ、なんだろうなと思います。(急に小声になり)……ホントそれが……辛い。
二人
(爆笑)
松本
そう、辛いんですよ。さっき言った方法論とかいろんなノウハウの蓄積で楽になるかと思ったら、さっき言った僕の結論はもっと辛くなる方法論でした(笑)。知ったがゆえにもっと辛いっていう矛盾が、それはそれで面白いとは思うんですよね。

山岸
そうですね。僕らが役者さんに求めるものにすごく似ていて。余裕で演劇論とかを分かっていて「ここってこうでしょ」って俯瞰の目線で芝居をされても多分面白くなくて。
松本
うん。
山岸
そいつが追い詰められて必死になってる姿のほうがやっぱり面白いじゃないですか。これって結局は脚本も演出もそうで、僕ら自身が必死にならないと最終的には面白くならないんだろうな、っていう。
松本
そうでしょうね。さっき「宿る」って話したのどっちの対談でしたっけ?
スタッフ
前ですね。(この対談収録前に行われたディープロジックパンフレット対談)
松本
Dプロが長い時間かけたから、脚本やいろんな技術的なものに、いろんなものが宿ったよ、っていう話をしたじゃないですか。
山岸
そうでしたね。やっぱり、楽に作っちゃいけないんですよね。

モチベーションの対価は?

松本
物を作るクリエイティブ作業とお金の関係性の話を少し掘り下げたいなと思ってるんです。『カメ止め』がお金の件で批判をされたりしたじゃないですか。もちろんプロジェクトヤマケンが、みんなノーギャラでやってるからあんなに低予算で制作ができたんですけどね。っていうのも、プロジェクトヤマケンは昔からのメンバーは居るにせよ、Twitterやホームページでの呼びかけで自発的にメンバーが集まった集団で、対価としてお金が欲しいかと言われると、ファーストモチベーションは違うじゃないですか。もちろん、お金がもらえたら嬉しいでしょうけど。
山岸
そりゃね。
松本
モチベーションがお金とは違うものだってなった時に、むしろお金が絡んでくると壊れたりする可能性もある。プロジェクトヤマケンもDプロも、なんなら劇団も似たような仕組みなんですよ。モチベーションのベースが面白いにあるんですよね。それは価値観の話で、その価値観をお金で填補したら、きっとみんな面白くなくなっちゃうんですよ。それの究極形がプロジェクトヤマケンだと僕は思っていて、それが20年続いてるんですよ。すごいことです。劇団ですら、ちゃんと月給くらいになるように、頑張ったぶんの対価が支払えるように動いてるんです。でも、主宰がそういうことを頑張れば頑張るほど、劇団員から「それで面白くなくなったらダメでしょう!」って言われたりして、「どうしたいんだよお前ら!」ってなったりするんですけど(笑)。劇団じゃないところの舞台に呼ばれて活躍してくるのは広告宣伝の価値、実績の価値として有用ですよね。そういうのを考えるとお金の価値ってなんだろう?と思うんです。プロジェクトヤマケンは、プロもアマも(価値を)映画の魅力に昇華してるんですよ。Dプロはそれを最大限活用させてもらったなと思ってます。
山岸
でも僕らからしたら、6Cさんの仕組みがあったから出来たことだと思ってますね。僕らには、無料の労働源はあったんですけど、ファンはいなかった。ファンの力を得られたことであそこまで出来たんですよ。無料の労働源って言葉が適切かどうかは疑問ですけど……。
松本
無料の労働源についての考察は掘り下げると本当に面白いと思うんですよね。
松本
『カメ止め』の対比として話したかった題材でもあるんですけど、みんなノーギャラっていうのは、Dプロの象徴みたいなもんだとは思うんですよ。それは傍から見たら批判されることでしょうけど、へっちゃらだなって僕は思ってるんです。
ゆえ
初期からプロジェクトヤマケンにいる立場から言うと、プロジェクトヤマケンは山岸さんが20年続けているものっていう感覚なんですよね。
山岸
そうそう!そうなんですよ。プロジェクトヤマケンは一度もチームだと思ったことがなくて、俺がやっていることにみんなが手を貸してくれてるだけなんですよね。
ゆえ
好きでやってる集まりなので、そこで対価が無くても、こっちはこっちで稼いでるから関係ないし、って思ってますね。
山岸
申し訳ないって俺が思ってないことが大事ですよね。
ゆえ
そこそこそこ!
松本
僕らのように集団をまとめる側って申し訳ないって思っちゃうじゃないですか。
山岸
お前らが勝手に俺についてきてるんだから、って思ってる部分がどこかあるんですよ。俺がいつかお前らを食わせてやるからなって微塵も思ってないから、僕は楽なんです。
松本
そこが続いてる秘訣だと思うんですよ。
ゆえ
だって全然期待されてないもん。
山岸
期待しろよ!(笑)
一同
(笑)

次に作る作品は?

松本
シンプルに聞きますけど、次回作、何を作りたいですか?
山岸
僕は……まぁ、アイディアありますけど。いわゆるガンアクション的なもの。自分の中でも、今ちょうどプロット書いたりとかしていて、ごちゃごちゃしている状態ではあるんですけどね。
松本
なるほど。
山岸
なんとなく……ちょっと政治的な話になってしまうんですけれど、香港の暴動の様子を見ていて、なんかこれ凄い世界観だなって思って。
松本
凄いことになってますよね。
山岸
あの世界の中での人間模様みたいなものを、自分の得意なガンアクションを入れて作ったらどうなるのか。あの大きな政治的なうねりを書きたいとは思わない…そこではなくて……あそこで生きていかなくてはいけない人たちっていうのはどういう生活を送っているのか?とか、あんな異常な状態で、どういう気持ちであそこにいるのか。でも自分たちの街だから居なきゃいけない。なんかそういうお話を書きたくて、今ちょっとそういうプロットを書いてたりしてますね。

松本
僕、ちょうど暴動よりも前に、香港に行ってきたんですよ。今年(2019年)
山岸
お、おお!
松本
街の人たちと話をしたので、街の肌触りをちょっと知ってるんですよ。その時ガイドをしてくれた女の子は元気してるかな?とか気になるし。
山岸
そうですよね。普通の人たちが普通に生活してる場所、だったから。
松本
結構、多ジャンルやられてるじゃないですか。コメディも。
山岸
子供向け映画も。
松本
そうですよね。依頼があってとか、こういうのやってみない?って話があってのことだと思うんですけど。
山岸
ありますね。
松本
なんか……どうなんでしょうね、作り手・作家・監督とかの作家性と作品ジャンルみたいなところで言うと、僕も監督も広いのかなって思うんですよ。
山岸
う~ん。
松本
どこかで、広範囲にやれるよ!っていう自信もあるというか。
山岸
そうですね、別に何が来ても断らないですよ、やりますよ、っていう部分はあります。
松本
一方で、これしかやれない!みたいな人もいるじゃないですか。その専門性が良かったりとか。例えば岩井俊二監督がドタバタコメディーを撮っても、見たいと思わないじゃないですか。
山岸
思わないですね(笑)。
松本
その辺はどこに行きたいとかあるんですか?
山岸
自分の得意なジャンルはなんとなく分かっているので、やるけれども得意ではないな、っていうのもあるじゃないですか。仕事だからやりましたとか、別に自分も楽しまずにやっている訳ではなくて、楽しみながらやってはいるんだけれど、やっぱり自分の得意な部分ではない、これだとあんまり褒めてもらえないな、みたいなところがあって。結局は自分にとっては、ガンアクションであったりとか、そういうことなんだろうな。
松本
今結論を出すのもあれですけど、やっぱりちょっとダーク味のあるガンアクションみたいなところは、ずっと聞いてきた話をまとめると、ど真ん中にあるんですよね。
山岸
そうですね。やっぱりそこだと思います。実は僕、ガンアクションをめちゃめちゃやりたいわけじゃないんですよ。ただ、何をやっても、いつもガンアクションだけは褒められる、っていうのがあるんで、褒めていただけるならば、そこは活かしていった方が良いかなって。
松本
ある意味、アニメキャラの得意技みたいなもんですよね。

(つづく)