久保田唱×松本陽一(7)

※2016年12月3日、都内某所にて

久保田唱×松本陽一(7)

限界を作りたくない

松本
ちょうど盆の話になりましたけど、演出家目線で見ていて『時をかける206号室』も『今だけが 戻らない』もどうやって演出したんだろう?って分からないところがあります。例えば、回転しながら何かが起きて、それが同時多発だったり、タイミングだったりっていうのを、稽古場でどこまで決めているものなんですか?
久保田
基本的には稽古場で全部決めますね。
松本
僕ら小劇場での作品は、実際の舞台装置で練習や演出が出来るのは、場当たりの1日しか無い。とてもじゃないけど、その日に演出をつけていたのでは間に合わない。だから、稽古場で全部演出を決めきっているのは頭では分かるんですよ。でも、実際の装置でのイメージを頭の中でどこまで決めて作れるんだろうというのが、複雑すぎて分からなかった。
久保田
『今だけが 戻らない』で言うと、盆の形を作って、さらに盆の上のケーキの部分(盆の上に立体構造があった)の土台を作って、ここでこう回してみたいなのを、稽古場ではケーキの部分だけを回してもらいました。回すって言っても本物の盆がないのでダンボールで見立てて動かすんですけどね。
松本
役者さんも盆が回ってるつもりで動くんですよね?
久保田
そうです。稽古ではまず、僕が盆の動きはこんな感じですってやってみる。演技というよりは盆も含めた動きの例を示したり、説明をしたりします。『時をかける206号室』の時は盆が5個あったので、模型を作ってもらって演出の説明をしました。僕は、自宅もロフト付きのところに住んでるくらいに(笑)立体構造が結構好きで。舞台上で立体的に動かすには、頭の中で大枠を考えて、模型に落とし込んで試してみて、こうやって動くというのを決めます。
松本
脚本の話に戻りますが、スケジュールによっていろいろあるとは思うのですが、新作を書く時には「美術ありき派」ですか?
久保田
昔はそうだったんですが、今は無責任に書いて演出家が決めればいいと思っています。僕の場合は、演出も自分の場合が多いですけれど。演出家が、思う形になるように頑張った方が面白くなると思っているので。僕の場合、今回の舞台の構造的にこのシーンは作れないよな、って思っちゃうとそれ以上のことが書けなくなっちゃうんです。そうなると面白くないので美術セットを全く考えずに書いて、美術家さんがその脚本を読んでどう作ってくるか。美術家が持ってきたセットで、演出家がどう演出をするか。という考え方です。限界を作りたくないので。

松本
脚本家である自分と演出家である自分は、切り離して考えるんですね?
久保田
切り分けるほうですね。稽古している時、特にミザンス(役者の動きだけでなく舞台装置も含めた全体の配置)を付け終わってからは、あまり台本を見ないでお客さんの目線で見ているんですが、セリフの間違いに書き手として気付いてしまうのが嫌なんです。ここでこんなセリフ書いたっけ?って思ってしまうのが。むしろ、ここの意味が分からないな、なんでこの言葉を使ったのかな、という観客の感覚を感じたいんです。
松本
役者が間違えていて、お客さんには通じていないということですね。
久保田
そうです。役者が間違えて覚えている場合が一つ。もしくは、僕の台本が悪い場合もあります。違和感を探っていくと、僕の書いたセリフがそうなっていたりする。じゃあこのセリフは変だから変えよう、となっていきます。
松本
なるほどね、それは綺麗に切り分けられているんですね。
久保田
こういったことを客観的に気づくのは良いんですが、書き手としてのこだわりも含んだ状態で気づいてしまうのはあまり良くないと思っています。最終的に見るお客さんは台本も無いし予備情報も無いですから、ゼロの状態で見ても伝わるかどうか、滑舌や話す速度の問題もありますし、盆の回る早さなんかも含めて僕が見ているところでは最後まで調整したい。
松本
うん、うん。
久保田
無責任な話ではあるんですけれど、どこでどれだけ盆を回すという指示を、割と覚えているほうなのであまり台本に書き込まないんです。文字でも絵でも。ブロック通し稽古を台本を開かずに見て、何でこのタイミングで盆が回るんだろう?もうちょっと早く回ったほうがいいんじゃないか?って感じたりするんです。その時に、自分が覚えていて「もうちょっと早く回してって言ったよね?」という時もあれば、自分が覚えてなくて向こうも間違えてる時もあります。自分でここって言ったけど、やっぱり早めたいと思って訂正をお願いしたりもしますし。僕が覚えていなくて向こうが正しいけど変えて欲しい時が一番良くないケースで、「あれ?このタイミングって言ったっけ?」「ここって指示でした。」「そっか…、早いほうが良いけどなぁ…。変えてもらってもいいですか。」みたいなパターン。自分でも態度悪いなって思いますね(笑)。書き込んでないからわからないんですよ。
松本
似てるところありますねぇ。でも、僕は書き込むほうなのかな?細かいのは書かないですけど。
面白かったエピソードで『傭兵ども!砂漠を走れ!』(2012年冬上演)という銃を使った作品で、1日だけ舞台裏のスタッフが一人居ない日があって、役者が銃を持って駆け込む時に黒幕を開けて道を作る係を僕が代わりにやったんです。1ヶ月のロングラン公演で仕上がりまくっている20ステ目くらいの時に。シアターKASSAIだったんですけど実際裏に入ってみて、狭い中での役者さんのすごい動きとタイミングだったんですよ。銃がバババババ!って5発鳴る内の、ババっ、2発目で出る。そのタイミングで幕を開けてあげる。それがすごくて。演出家はこれを知っちゃいけないんだなって思いました。僕ら演出家が、何で出来ないの、やれるでしょ、って言ってるくらいのほうが、裏でスタッフと役者が必死になってそのシーンを作ってくれる。知っちゃうと、やれなかったなと感じました。
久保田
そうなんですよ。それこそ『時をかける206号室』のオープニングを、裏に定点カメラを設置して裏の動きと、実際立っている加藤凛太郎さんの頭に小型カメラをつけて、加藤凛太郎視点の様子を収録したんです。表から見えているオープニングは裏と加藤凛太郎視点だとこうなんだ、って3画面構成でメイキングを制作してDVDに収録してます。
それを見ると、あ、こんなに大変だったんだ、ごめんねって思いました(笑)。
松本
芝居してハケて、すぐ回すとかありましたよね。回して、その上に自分が乗るとか。

恥ずかしいから読まないで!

松本
脚本と演出について、沖野くんからひとつ面白いエピソードを聞いたんです。外部の公演の書き下ろし作品の稽古で、台本をある程度渡して読み合わせたところ、何か違うな、って感じて、沖野くんに中身の殺陣かオープニングかを付けておいて、とお願いして、その日の稽古は早く帰ったそうですね。このエピソードって新作書き下ろしの時の、脚本家と演出家の狭間じゃないですか。脚本が上手くいってない時って、ベテランが読んでも新人が読んでも、ダメなところが不思議と分かるっていう気がしてたんですよ。その時もそういう感じだったんですか?
久保田
あれは最後のところでしたね。ラストシーン。
松本
そのエピソード自体が面白かったのと、その時久保田さんの中では何が起こっていたのか気になってるんです。
久保田
あの時は、劇団じゃなくてプロデュース公演だったんですけど、執筆と稽古を同時進行でやっていたので早く書き上げないと申し訳ないと思っていたんです。執筆はいいペースで進んでいたので、ラストシーンもこんな感じかなって書き上げちゃったんですね。それこそ上演時間2時間で収める必要もあったので。2時間に収めるにはこれくらいじゃないとダメだなって考えて、ポンポンポーンと書いたんです。夜に書いたんだったかな。脚本家でも夜に書く人と、書かないって決めている人が居るみたいで、いろいろあると思うんですけど。
松本
僕は最近夜に書かないですね。
久保田
やっぱり夜に書かないほうがいいですよね。
松本
夜っていうのは、深い時間、深夜帯のことですか?
久保田
ですかね。朝早く起きて、夜まで活動してると、すでに疲れてるじゃないですか。正常な判断が出来なくなるというか。筋書きはもうここまで出来ていてそんなに悪いわけじゃないから、一回役者と読んだ後に直せばいいと思っていたんです。でも、急いで書いてしまった感が脚本に出ていて、そういうレベルじゃないなと読みながら思っちゃったんです。単純に自分が書いた脚本がこれじゃダメだ、と思って。今までしっかり執筆してきたんだから、最後もうちょっと頑張って書いたほうが良い。このままやっても意味が無いと思って、脚本がダメだからって言って稽古を途中で止めました。もう本当に途中、役者が読んでる途中で止めました。
松本
役者さん驚きますよね(笑)。
久保田
脚本を提出している側からすると、ラストシーンまで読んで欲しくないと思っちゃったんです。
松本
あー、分かります、それ。
久保田
読むと寒いだけだから、ダメだって。自分の我儘でしかなかったんですけど、みんな最後まで読まないで!恥ずかしいから!
松本
回収します、って(笑)。
久保田
ポイしてください!書き直すから捨てちゃってください!みたいな。

久保田
それで家に帰ったんですけど、面白いことに、それからやったことがラストシーンの書き直しじゃなくて、冒頭からそのシーンまでの脚本の直しをやったんです。そこまでの流れは割と良くて、最後まで書き上がったら直せばいいと考えていたんですけど、どっちにしても直そうと思っていた箇所がいくつかあったから、ラストシーンを書く前に直してしまおうと。そうやって直したものを渡して、みんなに読んでもらっている間に、もう1日かけてラストシーンを書いてました。
松本
先に手前のほうを直したことで、何か一本、筋が見えた瞬間だったんですかね。
久保田
全部直したい時って、いろいろ理由があるんですけどね。『今だけが 戻らない』の時も、途中でかなり足し直したんです。役者のみなさんはかなり参ってましたけど。
松本
それは参るでしょうね。

(つづく)